明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

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スクールカウンセラー

地元中学のスクールカウンセラーさんには、

今でも一学期に一回ぐらいの割合でお話しに行く。

長女からのおつきあいだから期間としては6年ぐらい。

カウンセラーさんのこの学校の在任期間に近いなあ、と今気がつく。

「ここへ来て6年ぐらい、この学校で一番長いよ」とおっしゃっていたので。

教員は名古屋では6年以上同じ学校にいられないそうです。

スクールカウンセラーの場合は8年。そうですか。

じゃあ、トトが卒業するまでいて下さい、とお願いしておいた。



スクールカウンセラーではあるのだけど、

ほかで親子ともどもカウンセリングを受けていたので

カウンセラーとは少し違う立場でかかわります、と言われた。

最初に。

次女のときも同様。

長女のときも次女のときも

親子で同じ時間に別なカウンセラーに会っていました。

ときどき会うこのスクールカウンセラーさんだけが男性なので、

よく主人の考えを代弁してもらっていました。

そういうつもりはないけど、男性なので自然とそうなりました。



主人に言われると頭に入らないことが、

カウンセラーさんのことばで置き換えられると受け入れられる。

根底にある考え方は変っていないのに。

そうなんだよね、そんなに変っていないはずなのにね。

そのおかげなんだろうか、

わたしは違っていることがそんなに悪いと思えなくなっている。

主人が直に子どもの心を圧迫したり、凹ましたりしていた頃は、

どうしたって許しがたいことだった。

許しがたことには違いない、それは今でも。



ひとつよく覚えているのは、一応、子どもの様子は

お父さんにも伝えておきましょう。

わかりっこないと、何も言わないのではなく言っておきましょう。

というアドバイスがあった。

反応が怖くてなかなか言えなかったなあ。



言ったところでどういう目に合う訳ではないのに、

わたしは主人のため息ひとつで飛ばされてしまう紙きれだった。



そして、今。

主人と考えが違うことは悪くはないのだと。

不登校に対する考え方、世の中に対する考え方、人生においても。

義父母と相容れないのだから。

同居していた日々、わたしはずいぶん心がしぼんだ。

主人もそこから受け継いでいるものがあるのだし。


それに、なにより

同じだとわたしが楽できるからそう望んでいたんだきっと。

スクールカウンセラーさんのように理解ある人だったらと思ったものだ。



理解しあっていなくてもよい。

夫婦の考えは違っていてよい。

それぞれが筋をとおしていればよい。

そんなメッセージが喜喜の掲示板にあって、わたしはとても気が楽になった。



そのようなことを先日スクールカウンセラーさんに話すと、

「違っていることは子どもに選択肢を増やすことになりますね」

と返ってきました。

そうなんだ。

そうだよ、違う人間だもんね、当たり前だね~。

夫婦だからって、価値観の共有ができないことがあってもいいんだ。



すべて抱え込んで、あなたに何がわかるのよと

背を向けることは良くなかったんだ、きっと。

扉が開いていることは、意識しないとね。

あなたも親なんだねあの子たちの、と思うこと。



わたしにできることのひとつだったんだ。
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