明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

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息子が家にいるようになって、考えたこと


本に書いてあること、ブログで読んだこと、リアルで見聞きしたこと、
それがそのまま役立つわけではない、と。
改めて思う。

気になることは気になるし、
気にしないほうがいいとわかっていても気になるし、
気にしないふり、とか「ふり」だけは上手になっていくのだけど。


「ふり」はでも、昔のことかな。
今、ふりなんてできない、そんな面倒なこと。
ふりをすると後から矛盾が来るから。
でもあのときは、仕方なかった、
どうしたって学校に行かせたい私だったから。
「ふり」でもやらないと、どうにもならなかった。


今は、子どもの意思のあとにくる、学校は。
それも、広い意味での「学校」。
学校のために子どもがいるのではなく、
子どものために学校はある、と。


ああ、でもときどき自分をぐっと抑えることはある。
どうも意識しないと、言わんでもいいことを言ってしまうのは、
相変わらずだから。

私がいい加減だからなのか、まあわかんなけど
心のなかの価値観の「棚」は品ぞろえ豊かになったかな~
棚に並んだビンは矛盾するものもある。
「勉強よりも大切なことがある」
「勉強は必要で大事」
心がゆらゆらすることは今もあって、
ときどき、違うもの同士がごちゃごちゃ整理がつかなくなり、
わけがわからなくなり。


そんなときは扉にある言葉を思い出す。
その棚の扉には、「人生いろいろ、人それぞれ」とあって、
わからなくなったら扉を閉めればいつでもそこに。

しかしさっさと達観するのも、どこか変。
悩みたいだけ悩んだり、考えたいだけ考えて、
ぐるぐるも私にとっては大事な過程なんだと思う。


微笑みながら、考える。
口角を上げるのがだいぶ習慣になったから。


わかるような、わからないまま、
感情はそんなもの。
説明できても、悲しいときは悲しい。




なんてことを、考えるこのごろです。



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