明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

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中学受験勉強していた頃の夢は「公務員」

今、人生2度目の受験の年であるナナ。

最初は小5の夏休みからはじめた、中学受験。
名古屋の場合、学校がそれほど多くないので
みな同じようなところを受けます。

校風がどうより、受かったなかで一番良い学校へ行く、
という感じでしょうか。


小4ぐらいに主人が特に勧めていて、
そのころはやらないと言ってたのが、
小5になって周囲に受験するという子何人かいて、
じゃ、私もとはじめたのでした。

自分の意志ではじめたので、
友達よりスタートは遅かったけど成績は右肩上がり。
どんどんみんなを追い抜いて行きました。

私はすべて順風満帆に感じていました。
家庭も、私の人生も。

子どもの成長が私の営業成績みたいに思っていて、
うまくいっているときは疑うことを知りません。

成績がいいほうが、娘だって嬉しそう。
将来の展望だってどんどん広がる。
今思っても、これでいけるならいいのだと思います。

成績があがって、親子ともども喜んで何も悪いことはない、と。

ただ、親としての在り方はかなりおかしなものでした。
もちろん、気がついたのは不登校になってからです。
あのときは、妹弟もこのように、
右肩上がりでいくことを願っていた私。

子どもの幸せと思っていたことが、
実は自分の幸せだった。

毎月のテストで結果が出ますので、
それを楽しみにはっぱをかけていた私は、
娘の気持ちから遠く離れてしまいました。

一度、やめたい、と言って塾をさぼったことがありました。

私には考えられませんでした。
やって結果が出ているのに。
最初主人が勧めた中学受験、だんだん私がのめりこんだ感じです。

結局親である私たちにやめせる気は毛頭なく、
塾の先生に説得されて続けることに。
塾長の先生にはとてもかわいがられ、ナナも慕っていました。
この状況で
本人にしたら続ける以外に選択はなかったでしょう。
まだ小5の素直な第一子でもあります。

気持ちが下向きでも、成績は反対にまた上がる、
結果も手伝ってなかったことのように受験の日々が続いていきました。



塾で先生が将来の夢を子どもたちに尋ねたことがありました。
長女は「公務員」と言ったそうです。
親戚や義父母にも、そう言います。

本当はほかになりたい、子どもらしい夢があったのですが、
言うたびに義父母から叱られました。
「医者か弁護士」というのが口癖でしたから。

ま、義父母はしかたないとして、
私たちも親として子どもらしい夢を温かく応援する気持ちはなかったですね。

今こうして、書いているとナナって
おとなの顔色ばかり見ていたんだな、見させていたんだなと思います。

子どもの幸福を願っていると思っていました。
改めて考えはしなかったけど、親だものそんなの当然だって。


ナナにしても、親の願いが自分の願いのように錯覚してしまったかもしれません。




今。
2度目の受験、大学入試に向かいながら、子どもの頃の夢のために努力しています。
「私はこれがしたいの!諦めない!」というナナ。
「行きたくない大学に漠然と通うぐらいなら、そっちを極めるからね、結果を恐れず」


良かった、自分の意思をそれだけはっきり言えて。

今度こそ、私は娘の後ろからそっとついていくからね。
困った時は振り返ってね、という思いです。
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