明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

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私にはどうしようもない重荷



重たいことを書きます。

ですので、以下は閉じておきます。
重たくても大丈夫、という方だけどうぞ。



私の祖母は自殺をしました。

小学校3年生、秋の遠足の直前だったと思います。
秋の命日となったその日、
学校から帰ると、祖母が寝ているはずの部屋の窓が開いていて、
カーテンが風で外に押し出されるように大きく揺れていました。

その光景をよく覚えています。

まだ、そんなことになっているとは知らなかった私。
祖母のいない部屋、
開けっ放しの窓、収まる場所を失ったようなカーテン。


それからどんなふうに、祖母の死を伝えられたか思い出せません。

その後、2、3日のこともあまり覚えていません。



私は子どもで、祖母の死をどうすることもできなかったのだし、
責任みたいなふうに考えたことはないのです。

もともと、祖母は病気になる前は遠方に住んで
洋裁の先生をして生活していました。
そういう意味では、短い同居でした。

ただ、
祖母が死んだことで、
早く新しい家を建てることができた、という現実。

母は、おばあちゃんが病気でいたら家は当分建てられなかったね、
まだまだ先になったね、と。

一方で、祖母は田舎で広い家にひとりで住んでいたから、
早く家を建てるようにも言っていたの、と母。

嫁の立場の母と、姑である祖母の関係がその年の私に
わかろうはずもないのに、そんなことを言う母。



祖母が川に身を投げてから、3日かもっとか
さんざん泣いた私。

その泣いた私の感情はどうしたらいいのか。
私は祖母の死をどう受けとめて良いのか、
わからなくなったのかもしれません。


こんな重い荷物、どっこいしょと降ろしたい。
これは、もともと私の荷物だったの?と悲しい気持ちがこみあげてきます。


降ろしてしまおう、私が負うべき荷物をしっかり背負えるように。



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