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明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

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きれいな虐待を受けていた私が、子どもにしていたのは「精神的ネグレクト」

「精神的ネグレクト」に気づけたのは
カウンセリングを受け、不登校関係の親さんと交流をしてきた
この一年の「成果」だと思います。

これは私の娘たちの
不登校の大きな原因かもしれない、と思えます。
子どもが思春期に入るときにもっとも大事な「自己肯定感」を
持てないようにさせたのは、間違ないでしょうから。



私は家にいながら、家にいなかった。
ご飯も作るし、洗濯もします、ふとんも干して寝かしますし、
必要なときは病院に連れていきます。

しかし、子どもの気持ちにまるで心が向いていなかった。
当時の状況は同居していた義父母との関係がだんだん険悪になっていきました。
どうにもならなかった私は
心を家から2キロぐらい離れたところに避難させていました。
そういうふうによく心に暗示をかけていました。


「私はここにいない」
お風呂で泣くことも癒しにならなかったあの時、
そう思うことでなんとか一日やり過ごしていて……
つらい記憶です。

そのとき子どもはどうしていたか、あまり記憶にありません。

自分の心は少し楽になりましたが、
家に子どもを置いてきていることを忘れていました。

ほかの親さんと世間話をしたり、趣味サークルの人たちとはネットで日夜
いろいろな話題で盛り上がり、
人との交流は元来好きですから簡単に逃避できました。


ネグレクトとは育児放棄ですが、世話は一応していましたから
ネグレクトとは言わないと思います。
でも精神的には放棄していたと、気がつきました。
子どもの心にまるで気持ちがいっていなかった。

不登校に直接つながる大事なことを聞きもらしていたことを、
娘たちが家から出られなくなって聞くことになりました。


「精神的ネグレクト」はどこかで聞いた言葉ではなく、思い至った言葉です。
すでに、同じか似たような言葉、カテゴリーはあるのかもしれません。

「優しい虐待、きれいな虐待」を夕刻のニュースで特集していて、
そのことを書いているブログを読んで、
ならば私も虐待をしていたんだな、と改めて思いました。

虐待、とはちょっとおおげさかもしれませんが、
でも子どもにダメージを与えていることは間違いないと思います。

虐待って、している本人は気がつきにくい。
暴力や暴言などの従来の虐待にしても、
している親はきっと「虐待」とあまり思っていないようで、
しつけのつもりだった、という言葉が伝えられますね。
これも、同じだと思いました。

だから、私は悪いことをしているという認識は小さかったのです。



気がつくところから、物事ははじまります。
自分のしてきたことを真摯に見つめ、次のことを考える。
ちょうどよく、来週はカウンセリングがあります。
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