明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

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学校は聖域?


PTAのことを書いていると、
以前の私がどれだけ学校に幻想を抱いていたか
よくわかります。

だからこんなふうに思っていました。

子どもがお世話になっている。
担任の先生はお忙しいから迷惑をかけてはいけない。
あれこれ学校に要望するのは、悪い親、
モンスターペアラントと思われる。
学校の迷惑にならぬよう、静かにしていよう。

これ、間違いでもないのでしょうが。
子どもが学校の規格内で過ぎていけばこれでOKだったのかもしれません。


ですが、今は以下のように思います。

お世話になっているのは、確か。
でもタダではない、プロとして給与をちゃんともらっている。
担任の先生はお忙しいけれど、やはり相談は早めのほうが
結果先生の助けになることもある。
学校も間違えることはあるのだから、なんでも鵜呑みにしてはいけない。
騒ぐことはないけれど、静かにしてばかりいたら
何も伝わらない。


子どものためというより、
自分がいい親と思われたかっただけ、面倒を避けたかっただけ。

何事もなかったら、気がつくのが難しかったでしょう。
不登校とPTA問題で、学校神話はガラガラ崩れました。



PTA問題をいろいろここに書いていますが
これは不登校と違って今日の親の直接の問題です。

そして、あらゆる社会問題と同様に、
お上任せにしておいてはどうなるか、わかりますよね。
そう、PTA問題は単にそれぞれの学校のPTA組織の問題ではない、
社会そして人権の問題だと思っています。
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