明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

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Posted by Amii(あみ)   2 comments   0 trackback

「きれいな虐待」夕刻のニュースから

先日の夕刻、ごはんの用意をしていると、
何となくテレビから流れる言葉に手が止まりました。

顔を出さずに、加工された声です。
「私はお母さんの愚痴ばかり聞いてきて…」
ニュース番組の中の、特集のようでそれも終わりかけでした。

それ、私、私も母の愚痴をたくさんたくさん、物凄くたくさん
聞かされてきたの、と心のなかでつぶやきました。
場面変わって、東海学院大学の長谷川教授が言いました。
「これはきれいな虐待です」

きれいな虐待か。

暴行を加えられたわけではない、実際にも言葉でも。
しかし、私の心にわけのわからない、澱のような
暗いなにかを抱えているような感じがずーっとあって。
劣等感にも結びついているし、気力を奪われるような気すらします。

先日、カウンセラーさんに私は説明していました。
子どもの頃母の愚痴の聞き役ばかりしていて。
前を向いて歩いて行こうにも、まるで背中に糸がつけられていて、
引っ張られているみたいな感じ。
前からは向かい風。
これは、社会や環境といったどうしようもない、いわば運命。
それは気にしていないのです。

背中を引っ張るものは、どうしようもない、とは思えない。
親なんだから、という子どもとしての期待というか。
心を暗くするようなことは言うべきじゃない、という思い。
親なんだから心が温かくなるようなことばをかけてほしかった。
消えることなく、変わることなく有り続けます。

こういう親に生まれたのは仕方がない、運命だと割り切れないから
苦しい、腹立たしいのです。
背中を押すのではなく、後ろへひっぱる力はその執着ゆえなのかなあ。
わかりませんが、葛藤があるのは執着があるからですよね。

また、温かい親としてのイメージも自分でつくらないと。
ないものを嘆いても仕方ない。
つくることは、今の私にはけっこうやりやすい環境にいるのだし、
まずは心からの笑顔で過ごせたら、だいぶ良いと思います。
心からの、が少し足りないけど、きっと大丈夫。
カウンセラーさんに話したり、不登校関係の親さんや義姉、旧友に
話しています、聞いてもらえるだけ。


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Comment

中森ユウジ says... "隣の庭は、どういう風にでも見える・・・もんだよ"
長いタイトルで申し訳ありません。

難しい問題ですねぇ~。

そう言えばうちの女房も、息子に文句は言っても自分の愚痴はこぼさなかったなぁ~。

私の親もそうでしたけど、やたらと放任主義でしたよ。
ただ、好きな事をやるのは良いが、その代わり責任は自分で取れ!でしたねぇ~。

そう言いながら、子どもの力だけでは責任を取ることが出来ず、私はずいぶん親に迷惑をかけましたよ。

「親の背中を見て子どもは育つ」

っと、よく言ったもんで、私の家庭では私の親と同じことを私がやっていました(無意識に)。
子どもに対して、どんな時でも否定と言う言葉が無かった親だったんですよ。
ある意味無責任でしたし、必要以上に子どもの世界に干渉しなかったのは良かったのかもしれません。
まぁ~女房が私が干渉しない分以上に、いろいろな意味で息子に干渉していましたけどね。
これは母親なら当然でしょう。

ただ父親としては、趣味に関しては息子と必要以上?に干渉していましたねぇ~、自分もやりたかったからだろうけど。
うちは息子の趣味=私の趣味でもありましたから。

たまたま結果オーライだっただけだと私は思いますが、近い将来息子が親になった時、きっと私と同じことをするのでしょうねぇ~。

ある意味、これを覆せる力(良い方向に修正出来ると言っても良い)を持つのが、自分から見て赤の他人の女房(息子にとっては将来の奥さん)だけで、息子にとって将来授かった子どもに対して悪い方向に進まぬよう、息子に選ばれた奥さんの力が大事で、私たち夫婦(特に女房)から見て、息子の将来の奥さんになる人は、それなりの力量が問われそうで、ちょっと気の毒なような・・・。
まだまだ先の話ですけどね。

そう言う意味では、私は当たりクジ(女房)を引いた?。

当たりかどうかは、今や社会人となった今までの息子の行動が証明してくれている。
人がなんと言おうと、あくまで私から見ての話ですけど。



私は自分の女房を、決してクジで決めたわけではありませんし、あくまで結果論ですから。

したがって、Amiiさんの場合、私と違って結果がまだ出ているわけではないのですから、これからが勝負なんじゃないですか?。
2012.05.17 07:35 | URL | #3hdV29OM [edit]
Amii(あみ) says... "Re: 隣の庭は、どういう風にでも見える・・・もんだよ"
中森ユウジさん

> そう言えばうちの女房も、息子に文句は言っても自分の愚痴はこぼさなかったなぁ~。

私の母、兄や弟を愚痴のはけ口にはしませんでしたねえ。
たぶん、娘だからってところもあるように思います。
>
> 私の親もそうでしたけど、やたらと放任主義でしたよ。
> ただ、好きな事をやるのは良いが、その代わり責任は自分で取れ!でしたねぇ~。
>
> そう言いながら、子どもの力だけでは責任を取ることが出来ず、私はずいぶん親に迷惑をかけましたよ。

いい親ですね。
>
> 「親の背中を見て子どもは育つ」

私はそれができないのですね。
まさか母と同じように娘たちを愚痴吐き出し場にはできません。
>
> っと、よく言ったもんで、私の家庭では私の親と同じことを私がやっていました(無意識に)。
> 子どもに対して、どんな時でも否定と言う言葉が無かった親だったんですよ。
> ある意味無責任でしたし、必要以上に子どもの世界に干渉しなかったのは良かったのかもしれません。
> まぁ~女房が私が干渉しない分以上に、いろいろな意味で息子に干渉していましたけどね。
> これは母親なら当然でしょう。
>
> ただ父親としては、趣味に関しては息子と必要以上?に干渉していましたねぇ~、自分もやりたかったからだろうけど。
> うちは息子の趣味=私の趣味でもありましたから。

干渉も、ほかのことも、よその家のことをどうとは言えませんが、
私の母の愚痴は度を越してました、私が家にいられないほどに。

曲折ありましたが、マイナスと思えることも経験値としてはプラスにできると
いつも思うのですよね。
2012.05.17 17:00 | URL | #- [edit]

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