明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

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どこかに属したい、という深い願望

有名なマズローの欲求の5段階説によりますと。
人間は生理欲求、安全欲求という生活の基本的なところが満たされると、
人と関わり、集団に属したい、という親和の欲求が生じてくる、というものです。


何度も見聞きしますし、私もいろいろ考えをめぐらす時に思い出します。

生理欲求は当然として、ふたつ目の安全欲求というのがいろいろ考える余地がある、
と思います。
人間は危険や不安を感じるからこそ避けるための対策、保険をかけたりする
わけです。全く不安がないということはないですが、でもまあまあ、大丈夫、
ぐらいにはしたいのだと思います。

人が怖い、というのも安全欲求にかかわるものだと思います。

娘たちが家にいた時。
ふたりとも本が好きだから本屋さんに行くのですが、リアルでは本を買うこともできませんでした。
レジにいる人が怖いと言うのです。

人が怖い、と今はさほど感じなくなっていると思いますが、
確かに人は怖い面を持っていますよね。
それを人に向けるかどうかっていうことはありますが。
D.カーネギーの「人を動かす」によると
第16代アメリカ大統領リンカーンの若き日、彼は人の悪口を言うような人だったのですよ。
陰湿な方法で相手に打撃を与えるようなことも平気でした。
もちろん、改心して立派な政治家になるのですが。
改心する前に出会った人は、ひどい目にあったのかもしれません。

しかし、一方でやられた側の人が
受け止め方でそのひどさも変わってくるというのはあるでしょう。


娘たちが本を買えなかったのは、一時的でした。
人の怖さは、学校へ行っていない罪悪感や自信喪失からきていたように感じます。
いつしかそういう重いものから脱し、心が十分休まると、
気持ちは外へ向かって行きました。


そして、家にばかりいることが居心地よくなくなり、
どこかに属したいという、マズローのいうところの親和の欲求が出てきたのだと思います。


親や世間が追い立てなくても、
学校か、どこかしっくり行くところに属したい、という思いはマズロー説からも
根底にはあると思うのですよね。
ひとり流れからはずれるのは、それはまたつらいことでもあるでしょう。
しかし、そうしないと安全ではないから仕方ありません。

ナナは長い期間、一学期と夏休みにわたる数カ月、葛藤があったに違いありません。
せっかく受かった私立中学。いえ、せっかくと思っていたのは私たち親の考え。
親の思いを敏感に感じていたのですね。
5年前の今頃、入学式のときすでにナナの表情は冴えませんでした。

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