明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

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「待つ」ことの意味

ナナのいる国では、始業式はありません。
入学式も聞いたことが、ありません。
もっともナナ自身は、year9の4学期から留学しているので、
もしかしたら、あるのかなあ。

今日、うちの学区の小学校は入学式。
近所の娘さんも式用の服を着て、ご両親と出席したのだと思います。
ところが、NZの小学校は誕生日から登校するので、
入学式はないのです。
幼稚園も同様。幼稚園は、5歳の誕生日直前までで終わりなのでしょうね。
そうすると、卒園式もないと推察されます。

小学校から中学校はどうかわかりませんが、
year1が一年生で、高校3年がyear13で通算なのです、学年は。

節目っていうのが、日本よりあいまいな感じがします。

始業式や終業式もなくて、最初とても驚きました。
オリエンテーションはありますけどね、
それも参加が難しければ、交渉次第で特別対応もしてもらえます。
日本からの転校も新学年からでなくてもよいですし。


節目で学校へ戻ろうとしたナナとモモ。
やはりそうさせる何かが、日本を覆っているのですよね。
テレビでも入試や卒業、入学・入社式がテレビで取り上げられますし。
一斉なので、巷でもそんな話題で親の気持もザワザワしてきます。
たとえ、親が本人に何も言わなくても、意識せざるをえません。

また不登校で家にいる子どもは、
考える時間はたっぷりありますからね、どうしたって考えざるをえません。
焦りますよね、考えるだけではどうにもならないこともあるって、
わかりますからね。

しかし、私はナナが渦中のときにその焦りを全くと言っていいほど
わかりませんでした。
本を読み、カウンセラーさんに相談していたので、
不登校がわかるようになったと勘違いしていました。
主人よりはましでしたが、理解とはまだまだ遠く
子どもの気持ちにそっているつもりが、全くそうではなかったのだと思います。

親が「待つ」のが大変なのは、子どものそうした気持ちがわからないから、
ではないでしょうか。
子どもが今どんな気持でいるのかわかったら、「新学期から行くからね」と
言っていることばを受け止めつつも、期待をのせてしまうことはないでしょう。


「待つ」とはただ何もしない、ということではなく
子どもの気持ちを理解しつつ、心の回復を願うことだと考えます。
理解できたらね、待ちくたびれるなんてこともないでしょう。
今じっとしているのは必要なのだとわかれば、待つことの意味がわかれば、
焦ったり、焦らせたりしなくて済みます。


実際、モモのときはナナのときの経験が生かされて気楽に待っていましたよ。
新学年から転学したのですけどね、どうしても節目から目立たず再スタートしたい、
と言い続けていましたから。

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