明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Posted by Amii(あみ)   0 comments   0 trackback

「悪魔祓い」に代わるものを感じた日

次女の春休みは終わり、部活のために早めに学校へ戻って行きました。

昨日は、次女と桜並木を走るつもりでしたが、
強風と、そもそも桜が咲いていないので諦めました。

そんなことを考えながら、次女を送った帰り道、
ふと、世界中のすべての人と間接的にはつながっている、
その意識がないだけで、確かにつながっていることを
ここで先日書いたことを思い出しました。

思えば、次女も適応指導教室で話をたくさん聞いてもらって、
そのカウンセラーさんとのつながりができたことで、
家族以外の人を信用できるように思います。
つまりはカウンセラーさんを通して、多くの人との
つながりが可能になっていったのではないか、と。

もうひとつ、
ここで何度か書いた文化人類学者で心理学者の上田紀行さんの本、
「スリランカの悪魔祓い」で、
この悪魔祓いは、今の日本では何に置き換えられるのか、
日本で実現可能な悪魔祓いのようなことはあるのか、
という長い間の疑問も結論に近いところに来たように感じたのですね、
ある漫画の一場面を読んで。

そんなことを思い返していると、
不意に私のこころにひっかかっていたこと、
母との関係について考えてきたことが、
納得いく方向に考えが進みそうな気がしてきました。

子どもにとって母親との関係はとても大きなもの。
良いに越したことはないのだけど、そうでない場合も、
人は幸せに生きられることを、考えていました。

まだ咲かない桜の、冷たい風に耐えるつぼみのままの桜と
心に開こうとしている何かしら新しい感覚のことを、
いつまでも覚えているような気がしています。

なんでもない、ふつうの一日ですが、
私にとってエポックメイキングな日であるように感じました。
スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://readingcats.blog106.fc2.com/tb.php/324-f35e72d2
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。