明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

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自分の責任で自分の人生を歩く覚悟、というか


だいぶ、納得したっていうか、
私を縛る母への感情が消えつつあるというか。
過去のものになりつつあると感じます。

ええ、前も封印していた時も、過去のものだと思っていたのです。
思っていたけど、そうではなかった。

ま、なんにせよ、娘たちが不登校になり、
息子が親の期待通りにならない、っていうことが
心の奥にある扉を開くことになったことを、
しみじみと考えます。


ぐらぐらな自分。
不登校になった当初ばかりでなく、その後も
なんどとなく堂々巡りを繰り返してきたこと。

なんでぐらぐらなのか、その正体が見えた時、
私の背中を引っ張る力が幻想になったように思います。

なんだ、そんなことだったのか、
私が恐れて悲しくて寂しくて、どうしようもない、と思っていたものは
そのときどんなにどうしようもなくても、
今は私自身がなんとかできる、とそう思い至ったのです。


まず「意思」なんだな、と思います。
意思があれば、今どういう状態であってもはじめの一歩が踏み出せる。

ですが、何よりその「意思」が難しいのです。
自信を失っているときに人に翻弄されず、自らしさをしっかり持つには、
意思がしっかりしていないと。
どんなときでも、自分らしくとはそんなに簡単ではないです。
その難しさが本当によくわかりました。




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