明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Posted by Amii(あみ)   0 comments   0 trackback

ナナ、中2に進級した頃のこと

2008年の3月から4月のこと。

とうとう2008年の1月に、私立から公立に転校して、最初の1日行っただけで、
1年生は終了式を迎えた。
本人は「2年生から行く」と宣言するように、言っていた。
カウンセリングに行くほかは、特になにもせず過ごした3学期だったけれど、
前よりはずっと状態はよくなっていった。
足の引っかき傷はだんだん癒えて、新しい傷ができることもなくなった。

しかし、一日も行かないままで来年果たして?
と思っていたのは、主人と私よりも本人のほうが重たく思っていたかもしれない。


2008年、中1から中2の間の春休み。
ふつうなら、楽しいはずが。
4月になると、ナナはイライラしているようだった。
義姉、主人の姉が家に来てくれた。ナナを心配して。
その娘、ナナの従姉は人回り年上で、イギリスに語学留学していた。
短大を卒業し、家業の仕事を手伝い始めたが、諸事象でたたむことになり、
では外国でもみていらっしゃい、ということになったのですね。

本人はさほど乗り気ではなかったのが、婚約者まで連れて帰ることになって、
本人家族は、大喜び。

「もう、狭い日本におらんでもいいでしょ、外国へ行けばまた違ったものが見えるよ」
みたいなことをナナや私に言いました。

こっちの義姉(夫の姉)は、自分の嫁ぎ先が家を新築すれば、新築したら、
マンションへっ越したら、マンションへ引っ越したら、
みたいに、マンションがいいよ、ではなく「引っ越したら」という人なの。
うちは普通の家なのに、そんなのムリということも平気でわりと本気で勧めてきますが、
あれこれ言うのも面倒なので私はただ、「それはいいですね~」と聞くだけ聞いています。

ナナは義姉の勢いに負けることなく、
「この4月からは、学校に行きますからっ」と答えていました。
しかし、明らかに顔色が悪く、こころが重たそうになっていきます。
これは、行ったとしても相当しんどいことになりそうだ、と思いました。

それでも。
4月の7日かな、あらかじめ頼んでおいたちょうどうちが通り道になる同級生が
迎えに来て、一緒に登校しました。約3カ月ぶりです。
その迎えに来た女の子は、いつも学校近くの不登校の同級生の家に寄ってから、登校しているそうです。

なんていい子なんだろう~と私は思いました。

しかし、その子が言うにはマンションの5階にある不登校の子の家に寄ることが、
本当は不満だったらしいのです。
そのために、その子は10分ぐらい毎朝早く家を出ねばなりません。
ナナの話では、「せっかく行っているのに何なの私は」と感じつつ
大人には本心を言わない、もしくは言わないみたいで。

どういう経緯で、毎朝立ち寄ることになったのか、わかりませんが。
大人から信頼されている子の、やるせなさを思いました。
ちょうど、「鈴木先生」というマンガにもそんなエピソードがあって、
特に問題のない子にたまる、小さな疑問やストレスは行き場がないっていう。
表にでないけど、学校生活はそういう大人の要求に応えられる、普通の子たちの
犠牲で成り立っているのではないか、ということを
鈴木先生が振り返って彼女に語っている場面があり、考えさせられました。

ナナはその友だちのいわば「愚痴」を聞いたせいではないでしょうが、
翌日、朝起きてこないし、起こしても起きませんでした。
それは理由ではないと思うけど、この女の子の話がやけに印象深くて。
それはこの学校にナナが通った2回のうち1回だからなのかもしれませんが。

いや、気力をふりしぼってどうにか学校に行ったナナにしたら、
この話も相当こたえたのかもしれません。
そんな口ぶりではなかったですが。
先生の話によると、元気で友だちともおしゃべりしていたそうですが。

何がというより
まだまだ長いトンネルの途中なのに、無理していたのだろうな、と今なら
わかります。
思えばナナにはつい期待が先にいってしまいます。
ナナもまた、大人の要求に応える普通の良い子だったしそうさせてしまったのです。






スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。