明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

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カウンセリング、行ってきました 2-2 話すことで見方がかわる

カウンセリング、行ってきました 2

の続き。

私が育った家庭の話をしていて思ったこと。

カウンセラーさんに話していて、
私の頭の中だけで折に触れて思いだすこととちょっと違うな、
ということに気がつきました。

例えば兄の話。

兄が中学生になった頃から、父よりも怖い存在になったことを、
説明するためにいろいろ話すわけです。
そして、結局「家のなかでパワーバランスが変わった」と説明しているの。
思いつくまま、わかりやすく話そうと思ったらそうなったんだけど、
そうか、
人に話すっていうのは、こういうことなんだな。

そして話していくうちに、
私にとってはそれが普通になっていることだけど、
やはり話してみると変だなと思ったのですね。



父は今の時代に生まれていたら、発達障害の診断がついたのではないかな、と
例えば、ものをきちんと片づけられない。置き場所がきめられないっていうか。
よくものを失くすため、ボールペンは1000本ぐらい買ってあったときもあります。
でないと、仕事にならないの。
また、話は一方的で聞いてくれない、というか聞けなかったのかな。
他界して7年。
心が通じたと思えたことはほとんどないのだけど、
ある種の病気だとか、診断がついていたら、少しはみんなラクだったかなあ。

不登校について調べたりしているときに、父についてそう思うようになりました。



こういう父がいて、兄、私、弟の三人の子どもがいて母は苦労ばかりしていました。
と、私は母にいつも思わされてきました。

自営で母が実質切り盛りしている状態で、私は母から父の愚痴を聞かされてきたので。
私はゴミ箱だったのです。

今でも母は大変だったと思うのですよ。
ただ、その愚痴を子どもの頃から延々と聞かされていた私は、何?
という問いに、とうとう応えてもらえなかった悲しさが今もある、そんな感じです。

母に問うと、返ってくるのは「だってね……」という理由ばかり。

私の気持ちは宙に浮かんだままです。

母は健在です。
仕事をしたりしなかったりの弟と同居しています。

私はほんのたまに、顔を出しますがあまり話したくないので、早々に帰ります。
近所に友だちも多いですから、私が行かなくても大丈夫ですしね。
それに、耳が遠いのでもう昔のことを話しても難しいと思います。

すっかり諦めています。





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