明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

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学校に行かなくなって、開けた道

不登校のはじめは、復帰を強く願っていました。
子どものことより、自分の気持ちにばかりとらわれていた
情けなさは忘れないでおきます。

学校がなんぼのもんだ、子どもの心身の健康が第一だ、と
すぐに思えず、
夫の反応、世間体、将来への不安、
学校に行かなくなって深い海に沈んだような気持でした。



娘たちがどうだったかといえば。


学校から離れてほっとしたというのは、あると思います。
特に最初の頃。

少し元気になってきて、先々への不安が出てきたこと、
のちのちはそれぞれに
学校とは何かとらえなおしていたことを思い出します。

ふたりとも中学1年の頃、思春期にも重なっています。
だから
混乱もあったでしょう。

私の対応がよくなかったときは、特に。
長女は自傷行為もありました。




長女は4年超の留学も、あと数カ月。
受験体制に入っています。
次女は転学して2年、近い目標からそれも苦労しながら
乗り越えてきました。


不登校の日々から新しい道を自分で選んだ娘たち。
情報は伝えましたが、勧めることはなるべくしませんでした。
話していると、学校に行っていたらこれほどまでに
学校や自分自身、家族について深く考えることはなかった、
いつかどこかで書いたと思いますが、小さな哲学者のように
感じたこともあります。

私の気持はそのとき、ニュートラルでした。
すべての価値は同等であり、
どれに価値があるかはその子の判断でよい、と
すっぱり腹を据えることができたのです。

私は娘たちの復帰を願うことが、
苦しみを与えるばかりだったと気がついて、
腹を据えるしかすべはなく、
しかしそうしていくうちに、
誰かから聞いたように、どこかで読んだように、
娘たちの目に輝きが戻りました。

そして。

英語が好きでない長女が留学し、
人づきあいが苦手な次女が寮生活へ。

あれこれ悩んで出した結論だったようです。

なんでそんなハードルの高いところへ行くのか、
不思議驚きもありました。

そして、やはりというか、長女も次女も
新しい生活をはじめてから
自分の選択を悔やむようないろいろな問題にぶち当たりました。

それを乗り越えきたことを、ただただ嬉しく思います。
私には何もしてやれず、
ただそこにいる先生方にお任せする以外になかったです。

元の学校にギリギリの状態で通い続けていたら
今の娘たちはなかったと、しみじみ感じます。

不登校経験してよかったか、どうかわかりません。
娘たちが時間を経てどう受け止めるか、これからのことでしょう。

むろん、元の学校に行き続けることにムリがあったのは、
明らかですが。
とにかく
娘たちにとって大きな方向転換ができたのは、
不登校のおかげであることは間違いなく、
私にとっては大きな転機となりました。
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今までの自分を受容することから、本当の変化ははじまるのかも

高橋和己という精神科医の先生の本には、
人の心の変化がわかりやすく説明してあります。

うつや様々な問題に直面したケースでありながら
どんな状態であっても
病名のつかない私も「こころ」の成り立ちは同じなんだと
感じます。

理想の自分と今の自分を比べて苦しむなかで、
今の自分をしっかり見つめることで楽になっていく。
理想に近づけるときは、近づき、
疲れたら休む。

そういう折り合いをつけて、回復していく過程が
書かれていました。


その前に、
今苦しみを抱えている自分を受容することが大事、なのだそうです。

私の場合なら
主人に言うべきことが言えずその結果子どもをつらい目にあわせている、
ということ。

①この問題に気がつくことが大事。
②そしてなぜそうしてきたか、自分なりの理由を見つけること。
③そうせざるを得なかった自分を愛しく思うこと。

これが、つまり「自己受容」ということですね。


私は先週、意を決して主人に「言うべきこと」を言ったわけですが。
そして、本当に私が変わるためには、いつ何時も言える人にならねば、と
ちょっと力も入って、でもそんなのやっぱりムリだわ、という自分もいて。

力は入れないほうがよいようです。

そういうムリはかえって良くなくて、どっちでも良いぐらいに考えるほうが
楽なばかりでなく、自然にしっくりいくようなんですね。

急場ならば自分の弱気を無視してでも、やらねばならないこともありますが、
そんなときは、ちゃんと相手に伝わるものですし。

急場でないなら、体質改善と同様時間がかかるのも当然、と
ゆったりした気持ちで、
しかし、自分の問題からは決して目を離さないこと、それが
ポイントなのだな、と。

時間をかける、ということは、
忘れていいというのとはもちろん違うので。

良くないところも愛すべき自分、と心から思えたら
主人や実兄の前でどうしても存在を小さくしがちな私から
遠慮のない普通の存在になれるような気もします。



「本当のうつ病」のエピローグ ありのままの自分を生きる 
今読みなおして、再び心にしみました。



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家族はいいな つづき

つづきを書いたのですが、
操作ミスとも思えないのだけど消えてしまいました。
4、5年前に買ったvista、そろそろ限界でしょうか。


モモは、来年の4月になれば転学して3年目に入ります。
一年半以上の寮生活で、いろいろな家族があることを
周囲の子達から聞くようです。
あまり、人付き合いがうまくない、人の話を聞かないようなところが
あったのですが、さすがに寮生活。
一緒に過ごす時間は長いので
自然と入ってくるようで、そんな話もポツリとしてくれることがあります。

ある子は帰省できるのに、敢えてしないそうで、
昨年度、帰省日を首を長くして待っていたモモには驚きだったようです。
「家より寮のほうがいいんだって」
「私は家族がいいよ。なんでも気楽に話せるもん。」
などなど、学校に馴染んで欲しかった私にはちょっと複雑な思いで聞いていました。

もう、以前のような吐き出しが少なくなり、部活などの話をしてくれるモモ。
帰国してこの夏休みは別に帰国しなくてもよかったというぐらい
ニュージーランドに馴染んだナナ。
思えば今年、私自身のためにカウンセリングに行けたのも、
子どもたちが落ち着いていたから、ということもあるでしょう。

そして、特に長女に負わせた荷物は私のものだから、
私の手ですっかり処分しないとね、という強い気持ちがあります。
留学して元気になって、大学、将来のことを考え始めたナナの
成長ぶりを感じる今、
私も自分のこれからを描いていこうと思いを新たにしています。

私の歪んだ過去からくる子どもたちへの過度な期待、
常識の押しつけは、
結局私のこれからの人生もつまらないものにしたに違いない、
と思うと、
そうやって、家族はつながっているのですよね。
私は子どもに影響を与え、子どもの前へ向かう気持ちが、
私を変えていくのでしょう、自然な形で。

家族のつながり、ということでは。

小学校の同級生のほとんどの家を訪ねたことがあって、
うちにもほとんどの子が遊びに来たことがある社交的なナナ。
不登校になる要素は思い当たらないし、本人も言わないので
謎のままです。

ナナが不登校になったことで、
モモは本当に疲れ果てる前に不登校になれて、良かったです。
モモが今元気に転学先でやっているので、余計にそう思います。

不登校にはなっていないけれど、
父親の既定路線に乗らないトトを救っています、間違いなく娘たちは。
二人が父親の望む中堅の私立中高一貫から大学に進んだら、
トトは針のむしろに置かれるような思いをしたでしょう。

娘たちはそんなことを意図して不登校になったわけではもちろんないです。
また、
原因はあるのでしょうが、複合的であってますます説明できなくなっています。
そんなことよりも
結果として、良い方向転換になっていくし、そうしようと、
思うばかりです、今は。

個々のケースに個々の事情があるでしょう。
それも見聞きしながらも、自分の明日の選択を信じていく、
信じていける自分でありたいと願います。





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復帰したからって、今元気で学校生活を送っていたからって

これからも娘たちは、学校に行くのが当たり前とは考えません。
正確に言うと思っているけど、考えていない。

長男・トトも元気に学校に行っています。
6時に起こすとまた寝てしまいますが、7時に「ごはんだよ」と起こせば
起きてきます。
学校へ行くのが自然な生活になっていると思うけど、
それが当たり前とは考えません。
行かないことが必然なら、不登校もあり得ると考えています。

心配の先回り、と思われるかもしれません。

そうではなくて、
人生いろんなことがあり得る、と。
子どもは子どもで、いろんなことがあり不登校という回避方法も知っている、
ということは次善の選択でもあるのです。
ときには、最善の場合もあると思っています。

学校は絶対の場所ではない、
学校へ行くことも、必ずしも最善の道ではない、
子どもが元気で学校に行っていても、同じこと。
だって、誰かは来ていないでしょ。
登校し続けることで、傷を深くすることも知っていますから。

むろん、子どもが学校に行けない状態になったら、
心配しますよ。もちろんです。
それは、学校へ行けないことを心配するのではなくて、
今まであった元気がどうなってしまったかを心配するのです。

元気があっても、学校へ行かないってこともあるかもしれないけれど、
それは私にとって新しい経験ですね。

と、勢いよく書いているのも、今ちょっと特殊な気分だから。
いえ、でもね、さいきんの私は普段も思っているのです。

以前、よく考えたことを。
とくに娘たちが回復に向かうときに、思っていたこと。

子どもは最善を選択する。
自分の人生だもの、私が考えた以上に考える。
私に尋ねるとしたら、それが子どもの選んだこと。
思うまま応えたらよい。
尋ねないなら、そのままでよい。
私は子どもの後ろに回って、見守ろう。
必要と思えばきっかけや示唆をすることはあっても、
後ろから、です何事も。

私が自分を信じられたら、もっと強く思えるのだろうなあ。
そうなるために、私は本を読んだりカウンセリングに行っているのだなあ。


自分への不信はあっても、
それでも親はやっていかないといけないですね~。
母親はつらーい。
皆様、お疲れ様です。
小さな確信でもいいな。結局やれるところから、
また明日がんばります。

とにかく深くいい気持ちで寝るとします。







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「子どもの後ろから見守る」親でいたいな。ずっと。

そうだそうだ、と改めて思います。

不登校に直面したことで、
いろいろな気づきがありましたが。

私にすごく欠けていたこと。
それは「子どもの気持ちに添う」こと。
私はあまり子どもたちに関心を払わなかった、と思います。
話も聞こうという意識がなかった。
でも大丈夫、私の親もほっといたけどまあなんとか大人になったんだし、
って。
自分のしたいことを優先していたことも
思い出しました。
姉弟喧嘩がはじまって嫌気がさすと、
漫画喫茶に逃げ込むこともありました。
もう、その場にいるのが嫌で、怒る気力もなくて。

心理学関係の本、理想の生き方の本、
いろいろ読んでいたけど、
努力する気もあまりなかったなあ、なんて
ことも思い出します。
知識を生かす気持ちが
どこかですっかりなくなっていたようです。

まあ、こんな人間だからというわけではないけど、
私は長女が不登校になって一度すっぱり既存の価値観から
娘を開放してやりたいと思ったとき、
私は後ろに回って見守ろう、と思いました。

だんだん、元気になっていました。
落ち込むときと、元気な時とを繰り返していましたが、
でもどっちの状態のときも、以前より少し前進している、
螺旋階段のように。
そういう実感もありました。

ふたりとも学校について、将来について、
よく考えていました。
そんな話をしてくれました。
おそらく普通に通っていたら、そこまで考えなかったでしょう。
親バカかもしれませんが、
「小さな哲学者」だな、とナナと話していて思いました。
モモが語っているときにも、「ああ、同じだ、小さな哲学者」だと。

ふたりとも本を読んだり、考えたり、
ときにネットなどの不登校生に対するきつい言葉に
沈むこともあり。
家にいても、前向きなれば情報から吸い取ってきます。
刺激がない、なんてことはありませんでした。
そもそも、敏感なのかもしれませんね。
不登校になるくらいだから。


私は思うようになりました。
大丈夫、きっと「山」を降りるときがくる。
人里離れた山頂でのんびりしている「今」は、
これからの人生にとって意味はきっとある。
そのころを思い出すと、
やたら明るい光が溢れている感覚になります。
ナナのとき、モモのとき、
えいやっと立ち上がろうとする少し前。
私の心の中は、神がかり的に明るい情景が広がっていました。
不安は小さく小さくなっていくのと反対に。
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