明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

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わたし、もしかしたら今頃予備校行ってたんだよね

モモは適応指導教室に週2通って、2週間に一度併設のカウンセリングルームで
おしゃべりしていました。
今高1のモモが中1の学年のときです。

このカウンセラーさん、
いつもお顔を拝見してあいさつするだけでしたが、
いかにも話やすそうな方でした。
雰囲気がイルカさんのような、年齢不詳な感じで。

わりと早くにこの時間を楽しみにするようになりました。

家の外に信頼できる存在ができて、
それを足がかりに学校をどうするか考えるようになったのではないか、と
私は思います。


そして、元の学校、元の学校のような学校、
つまり在籍している地元中学や近隣の中学へ
行くことは最初から選択肢に入れませんでした。

適応指導教室の冬の合宿に行って、
笑顔で戻ってきて確信したようです。
ちゃんと不登校の子どもをみるようなところなら
私はやれるのだと。

中学で学校として通えるところは、公立を除くと
なかなか見当たりません。
もちろん、フリースクールや塾ならありますが
見学に行ったり、実際少し通って
やはり学校がいいと思ったのでした。


中学で不登校対応している学校というと、
今通っている学校か、他県の学校ならありました。
通えるところであったら、いいのに、と何度も言っていました。
今はできたのですが、モモには間に合いませんでした。

家を離れて、人間関係が苦手なのに寮に入ることに
やはり不安は大きかったのです。

私はお姉ちゃんのこともありましたから、
急がなくてもと思いました。
高校から予備校の不登校コースに通う道はどうか、と。
ここなら人とかかわることは少なそうだし。
これは私の考え。

モモにはいろいろな選択肢を紙に書いて渡してあり、
机の保護カバーのなかにはさんでありました。

高校までは待っていられないと、寮生活をすることに
なったわけです。

先日、電話で
「私この学校へきてなかったら今頃、予備校に通っていたんだね」とモモ。
そんな話をしたっけね、いろいろモモは考えていたよね、あの頃。

未だ人間関係は苦手だというモモ、親しくなっても
あとが続かないというモモ。
みんなには個性そのまま受け入れられているようだけど、
ときどき、私はこれでいいんだろうかとちょっと不安にもなるみたい。

あれこれあるけど、あれこれあるからこそ、モモは元気なのかな。
転学して3年目、余るほどのエネルギーを感じるのです。




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ストレスも解消?歌好きになったモモ

転学して3年目のモモ。

今一番の悩みは、勉強のことです。
周囲の成績の良い子たちについていきたいけど、いけない。
自分のペースでやればいいのにとも思いますが、
この葛藤はモモ自身のもの。

趣味ブログのほうで、曽根沼湖畔を走った記事を書きましたが、
走ったあといろいろ思い出して延々と怒りだし、ボロボロ泣き、
何時間も下を向いてふさいでいるうちに寝てしまいました。


それほど真剣に、悩んでいる。
そして、モモは感情をだしきればケロっとしています、
今回もそうでした。



学校や寮ではそんなふうに吐き出すことはありません。

大きな声をだす機会は、部活です。
歌うとすっきりするし、だんだん楽譜もわかるようになって
楽しい、と言っています。
スキルが上がっているのが感じられるようです。

私も、大きな声を出すと気持ちがすっとすることがあります。
マイナス感情も歌に込めて、外へ出すからでしょうか。

さて、
趣味ブログは音楽のことを書きました。
Amii(あみ)のブログ
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モモが元の公立中学に復帰しなかった理由

モモが選んだ道。
なぜ、家族以外の人とかかわるのが苦手なのに、
わざわざ辛い道を選んだか。

根本的なところは父親の影響が強いと思いますが、
そこはまたの機会にすることにします。

中学2年生から、どうしようとなったときに、
通っていた市の適応指導教室やフリースクール、
塾などで中学の終わりまで過ごすのではなく、
学校へ通いたいということでした。

学校のカリキュラムに早く追いついて、
その流れに乗りたいようでした。
勉強の遅れが心配だったようです。

私は高校からどこか通いやすいところへ
行けばいいんじゃないか、
人づきあいが苦手なら大手塾がやっている
高認コースで高卒資格を取り、大学受験するのが
一番現実的かと思っていました。

しかし、中学卒業まで待っていられなかったモモ。

「以前は先のことを犠牲にしても今が大事だったけど、
今を犠牲にしても先のためになるようにしたい」と、
モモは、元気になってくるとそう言いました。

ただ、前の学校は嫌だと言います。
小学校のときに学校に相談しても何も変わらなかったので、
もうだまされない、という思いと、
今までの知り合いの中にはいじめっ子もいるし、
不登校していたことをもちろんみんな知っています。
モモにとって、味方と思える同級生はごくわずか。
何より、先生への信頼は全くと言っていいほどありませんでした。
相談してもダメ。彼らは不登校をわかっていない。
いじめっ子を押さえられない。
先生は四六時中子どもを見張れないし、
いじめを許さない、という教育をするような余地もなさそう。

以前と変わらぬ状況の中にモモは入っていって、
大人不信が増しただけでした。

安請け合いした小学校の教務の先生がおっしゃったことは、
とても無理があったのですよね。
たまたまうまくいくケースもあるのかもしれませんが
できない約束をして守れなかったときに、
子どもがどう感じるかまでは考えが及ばなかったのか、
どうなのかわかりません。

普通の学校で不登校の子どもに対応するのは、
難しいことだとわずかな経験から私も感じています。
だから、モモの考えはよく理解できました。

そして選択肢は、
お姉ちゃんのように留学するか、寮のある他県の学校へ
行くかに絞られました。
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親の木

モモの学校を訪れると、グランドの隅に一本の木がすっくとそびえ立っています。
何メートルあるかなあ、5、6階建て分ぐらいかな。

私は訪れるたびに、その木を眺めます。

モモが転学したばかりの頃、
まだまだ不安が親子ともども一杯のときに思っことは、
ああ、あんな高いところから子どもを見れたらいいんだろうなあ、
ということ。

いつしか私はこの木を「親の木」と心のなかで呼ぶようになりました。

木の上から見下ろしてみると、
悪戦苦闘している、もがいている子どもが頭のなかのすべてであったのが、
子どもの占める割合がどんどん小さくなって周りが見えてきます。

いじめる子もいるかもしれない、いやいるんだろうな。
でもそれを心配して、見てくれる子もいるかもしれない、きっといる。
それに、何より力強い経験豊富な先生もたくさんいらっしゃる。

子どもの状態が良くないときは、
今まで辿ってきたことがくらーいイメージで蘇ってきます。
でも、あの木を思い出してその木の上から眺める自分を想像すると、
なんだか明るい青空とか、鳥のさえずりなどに変っていきます。

子どもがつらいときは、つらいもの。
何度も、何度も波はやってきて、いいようのない不安に駆られます。
そんな自分の心の弱さも認めつつ、「親の木」を思い出します。

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モモの発表を見に行く

トトの合唱を聞いて、モモの合唱の発表があるホールへ向かいました。

よく晴れて、お出かけ日和でした。

到着すると、昼休憩の時間です。
私も買ってきたパンを外のいい空気のなかで
食べました。

向こうにモモがいます。
私に気づかず、もう一人の生徒と歌を歌っています。

受付には、モモの担任の先生が。
「いつもありがとうございます」と日ごろのお礼を申し上げると、
「よく頑張っていますよ」と返して下さいました。
ハリのある肌をしていて、元気がみなぎっています。

モモの話を聞いていて、
「凛」とした人だと思っています。
モモは、昨年はこの先生への信頼なくして
続けることは困難だったでしょう。

昨年度は、度々メールで相談し、
ほとんどその日のうちに返信があって、
それを読んで心を落ち着かせたものです。

担任の先生以外の人への相談もしてきましたが、
担任に聞いてもらえたら、それが一番です。




さて、モモのクラブの発表ですが、
その前にすてきな男声合唱がありました。
アカペラで、見事なハーモニー。
低音の響きに、聴き入りました。

そして、モモの合唱部の発表は、女声のみで、
高音が響き渡ります。
力むことなく穏やかな表情で歌う、モモ。
若い澄んだ声が、心に沁みます。

よかった、と思いました。

力が入りすぎるふうでもなく、
余るエネルギーを使いたくてしかたない、といった感じの
今のモモを想像することはできませんでした。

子どもの後ろに回ってついていこうと、思いつつも
不調のときは心が揺れてどうしようもなかった日々もありました。
今は、モモについてくのも大変なぐらい。

よかった、不登校して。
つくづく思います。
そして不登校という道があることをわからせてくれた
ナナのおかげだなあ、と。
ナナが不登校生活をしなければ、モモはそういう選択があることを、
早く気がつけなかっただろうから。
モモがまだ元気なうちに不登校生活に入れたのは、
本当にナナのおかげだと思っています。


ホールに向かう途中で見つけたシロツメグサ



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