明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

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ナナは妹弟を救うために、トトは両親の仲を良くするために つづき

前回に続きます。


まだ、終業式の朝食を主人とふたりでとっているところ。
ご飯のあと、スイカを食べながら。


「何で、トトまで。どうしてうちは。」と主人。
それから、とても悲観的なこと、酷いことを、言いました。
同じだね、娘たちのときと、最初の反応。
でも私は、基本、反論せず、酷いこと以外は「そうだね」と同調しました。


そう、思うのはやむを得ないところもある、とこころの声が言います。

あなたは、不登校のことをほとんど理解していないものね。
私も娘たちのことを、あまり説明してこなかったのだし。



そして緘口令を敷きました。

なにはどうあれ、黙っていてもらいます。ここは、きっぱりと。
娘たちのときも、これは守ってもらったでしょう?
あなたが口を開いて、良かったことはまるでなかったの、覚えてる?


とても、冷静な自分に後から少し驚きました。
あれほど、反応を恐れていたのに、怖さはちっともなくて。


私が落ち着き払っていたせいか、主人は怒り出すことはありませんでした。



話し終えて、ほっとしました。
そして、トトは今日は行くと言いながら寝ていた息子を、
起こしにいきました。

部屋に行くと、トトは支度をしていました。

私はその様子を見てから、出勤の支度をしている主人のところへ行き、
「トトは行くから、口角をあげて見送って」と、
私も口角をあげてそう言いました。
「そこまでは、できない。」と優しい顔で主人。私は微笑みながら、そう、
と答えました。
そこにある空気は、穏やかなものでした。


そして、思いました。


ナナが不登校にならなかったら。
親として最初の不登校と向き合う、モモのこころをズタズタにしたに違いない。
ふたりの不登校がなかったら、こんな温かい空気の朝はあり得なかった。


学業は優秀、友達も多かったナナが、不登校になったのは今も謎の部分が多くて。
私は、妹や弟のために不登校になった、もちろん意識的ではないけれど。
そう感じることがあります。


そして、トトは、私たち夫婦の関係を良くするために、
思春期の迷路に入りかけているように感じた朝でした。



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ナナは妹弟を救うために、トトは両親の仲を良くするために

主人は1学期の修了式の朝、
このごろトトと一緒に朝食をとっていないね、と言いました。
この日は、出勤時間がいつもより30分遅いので、
いつもは飲まない、食後のコーヒーをすすりながら。


話はさかのぼります。

先週3日休んだことはすでに軽く伝えてあります、理由は省いて。

今週の五月雨状態は、理由とともに話すつもりでいました。
出勤時間はトトの登校時間より早いので、黙っていれば
学校を休んでもわかりませんが、
いつまでも黙ってはいられません。



ただ、ナナのときのことを思うと、タイミングを考えてしまって。

4年程まえのこと。

ナナは主人より早く家を出て、遠い私立中学に行くのですぐにわかります。
朝、起きてこないので、主人は怒り心頭でナナの部屋へ行き、
酷いことばを投げつけていました。
私も止めるすべもなく。

そのときのことが、昨日のことのように思い出されて、躊躇してしまうのです。



さて、話は戻ります。

私は主人と向かい合って朝食をとっていて、
トトが最近朝食をともにしていないことを指摘されたところ。

私は理由は省いて、今週は行ったり行かなかったりだと伝えました。

主人は、それだけでトトは学校へ行きたくない不登校状態だと察しました。
彼は、物事を悲観的に考えるので、
こまごま説明したら、絶望的になってしまいます。

それは、ナナやモモのことだけでなく、
その前から、義父母のことでも感じてきました。



つづく

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16分割のこころ

息子が最近、不調です。

5月は2日休んで、6月は4日、週一ぐらい。
先週は3日続けて休みました。

その3日間、朝、息子は寝床に横たわって私の声にピクリとも
体を動かしません。
トドのようにどよんとした姿で、
もうどうやっても直立できない感じがしました。

3日目の朝、いつも迎えに来てくれる息子の友達には、
しばらくは寄らずに行ってと頼みました。

学校には、行く日に連絡します、と伝えました。



すでに、教頭先生には、PTA問題やほかのクラスの子のいじめについて
話しに出向いたときに、
トトが学校へ行きたがらない日があることを伝えてあります。
ですので、教頭先生はすぐに理解してくれたようです。

3日目で早すぎるかもしれませんが、
学校への連絡の煩わしさから解放されて私は気が楽になりました。
息子は友達への申し訳なさから解放されたようです。


トトの姉たちのときを思い出すと、学校への連絡がとても負担でした。
ですから今回はさっさと連絡したのです。



思えば。
次女の不登校状態になったときが、一番きつかった。
なんとか行けるようにと、でも直接は言ってはいけないと思っているので
変な気づかいをしていたことを思い出します。

それに比べれば、断然今は楽ですよ。





まあ、このまま休んだっていいのだし、姉たちのように方向転換するよい機会に
だってなるかも。

もしうまくいかなくても、母親として明るく元気に支えていこう、とか。

どうやって学校に戻すとか、ちょっとでも前進と手をまわすとか、そういう無駄なことは省けます。
無駄と思えるのも、やったからこそですが。

さて、さらに
あーもう勘弁してほしいわ。一人ぐらいふつうに学校に行ってくれないかしらん、とか
勝手なことを。


3日でそこまで考えるのは早すぎますね、頭をよぎったことを書いているだけなのですが。
書くとなんだか一日そんなことを考えているみたいだけど。


本やドラマに没頭することもできる状態ですよ私。



もし、このまま休み続けたら
主人に言うのが、またメンドーだな、という自分もいます。
3日休んだことは言ってありますが、
まあ、でも堂々と伝えることができる私になったでしょ。
私は少し、変わったのだから。

一方で
このごろ息子に穏やかに接するようになっただけに、
主人に申し訳ない、と思えたり。

とにかく対主人はメンドーに思えて、そういう自分が情けない。





今日、何人かのお母さんたちに会って何時間が過ごして帰ってくると、
トトの友達が遊びにきていました。
楽しそうな声が響いていました。


夜になり、明日の用意をして、明日早く起こしてというトト。
今朝もトドのようだったけど、起きれるのかな、と一瞬思います。
わからない。
トトがやることですものね。


何にせよ、今日は楽しく過ごせたんだな、よかった。
何がつらいって、子どもがしんどそうなこと。
それは、通奏低音のように、静かに意識の底にこの何日か流れています。


学校にいくいかないは、簡単に書けば主人に対してメンドーなだけなのです。



いろいろな思い、葛藤が16分割の画面のようにこころに浮かびます。
相反する気持ちも、きちんと仕切られていて、
ごちゃごちゃになっていません。
矛盾は矛盾として、葛藤は葛藤としてはっきりしています。


それで、ドラマも本も大丈夫なのだな、と納得。
明日返すDVD、たっぷり楽しみました。









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「子どもの良いところを探していると、子どもの行動もよくなる」

って、いつだったかどこかで読んだのですが。


いいことが書いてあったって、読み流していることが実際多いのですが。
だいたい、
今までの私は、主人の価値基準になるべく合わせたり、
「よい子ども」であることがやっぱりいいのだと、
どこかで思っている、
今もそうなのでしょう、それが必ずしも正しくない、とわかっていても。

できのよいトトの同級生の子がうらやましかったりすることもあるのです。

なにしろ、主人の規格に合えば私が楽なんです。
世間に対しても楽なんです。
「いい母親」とかとくに思われたいわけではないけど、
結局世間体っていうのが、あるわけですよね。

あれこれあれこれ逡巡しても捨てきれず残っている価値観。
ゆえに私は葛藤がある、いつまでも。


ま、でも葛藤は生きている限りあってよいのだから、
既存の価値観もムリに消すまい、と思い至りました。



良い本が読み流されるのも、
「常識」が邪魔をしているのかもしれません。

「子どもの良いところを探していると、子どもの行動もよくなる」
というのを思い出したのは、
どうしたら子どもが毎日元気でいられるのかな、と考えていて。

親としてできることって、なんだろう、と。

食事の支度、布団干し、余計なことを言わないこと、それ以外に。


「子どもの良いところを探していると、子どもの行動もよくなる」
って、結局、子どもは何も変わっていないけれど、
親の視点が変わるとそういうふうに見えるということだと思います。
いつも、マイナスばかり見る癖がついていると、
子どもの良いところを見落としているわけですね。

自分自身も、できないことやれないこと、後悔ばかり考えず、
できたこと、やれたこと、先々の夢を描いたほうが良いのでしょう。
現実は現実として、でも何を思い何を思い描くかは自由なのですから。


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トトの合唱コンクール

午前は、息子の合唱の発表が午前にあり、午後は次女の初舞台もあります。

うれしい忙しさ。
私もママさんコーラスをしているので、その興味もあります。

トトの合唱コンクールは、体育館ではなくホールでした。
先日、授業参観でリハーサルを見せてもらったのは体育館。
窓が閉まっていれば、音はそれほど飛び散りませんが、
ホールのほうが歌うのも聞くのも幸せです。

私もどちらも歌ったことがありますが、
反響板を背にして、場内に響き渡る音はすばらしい。
その響き、ハーモニーを余裕をもって味わうために、
練習しているようなもの。

さて、そのホールに行こうとさっさと用意したかったのですが。
冷たいヨーグルトを朝食のときに食べて、お腹が痛みだしました。
仕方なく時間まで横になりました。

ギリギリに起きて速攻で出かけると、
ちょうど歌が始まるところでした。
よかった。

男子は声変わり前、変りつつある、変ったというようないろいろな声が、
混じっている感じ。
中一ならではの、ハーモニーでしたね。
混声は、音に幅があって楽しいです。

私は低音が好き。
ピアノなら左のほうの音、弦ならチェロとかコントラバスが好きなので
本当は混声がやりたいのですよ。

歌は聞きごたえがあって、よかったです。
トトのクラスはそれぞれのパートのバランスもとれていて。

2年生のクラスは、男子の声がほとんど声変わりしたのか、
まとまっていました。
すてきでした。
来年はあんな歌声が聞けるのかな、楽しみです。

トトはこれまで、朝練、帰りの居残り練習でブツブツ言っていることも
ありましたが、
息子も歌うのは好きなほうだと思います。
そりゃ、ゲームやパソコンには負けますけど。
家でもよく口づさんでいました。







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