明日がムリなら明後日を信じて

子どもの不登校で考えたこと。PTA問題で毎春が憂鬱なこと。人生折り返しで、思うこと。
Posted by Amii(あみ)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Posted by Amii(あみ)   0 comments   0 trackback

長い休みのあとの、深い絶望

仕事柄、毎日「死」と家族のことを考えます。

自分の、というより日本に住む普通の人々の、
日常の一部としての「死」そして日常そのものの、家族。

そうしていると
私の「家族」のとらえ方のいびつさがよくわかって、
本当にそれが毎日自然になんとなく入ってきて、
心のなかから変わっていけそうで。
今、私が母親としてある家族関係には間に合うと思う。

さて、
今日、書きたかったのは、
忘れられない若い人の自殺のことです。

一つは一昨年のゴールデンウィーク明け、
そしてもう一つは、この夏休みが終わり9月に入ってすぐのことでした。

おふたりとも、家族に愛されていることがよくわかり、
さらに悲しみが増しました。
お母様は号泣されていました。
ひたすら泣いて泣いて、体力が尽きるまで泣き続けるかのようでした。

想像を絶する悲しみに、どうすることもできません。
その強い悲嘆は、私の記憶から消えることはないでしょう。


長い休みが明けたとき、死を選んだ彼らが感じた深い絶望。
温かい家族の想いが届かないほどの。




私にできることは。
やはり自分の家族にかけがえのない「あなた」と、ともに生きる幸せを伝えよう。
そして
できるだけ、一緒に大きな声で笑っていよう。

そんなことを思いました。
スポンサーサイト
Posted by Amii(あみ)   0 comments   0 trackback

「ジャイアントキリング」の羽田君

「ジャイアントキチング」は
東京下町がホームのプロのサッカーチームを描いた作品。

タイトルの通り、弱いこのチームが主人公の監督の鮮やかな采配で
強いチームに挑む、胸のすくような展開で
私はNHKのアニメを見てから大好きな作品になりました。


二女を名駅ビルの上階にある本屋さんに連れていくと、
新刊が出ていたので早速買って、そのフロアにある椅子にかけて
読み始めました。




読んでいくと……。
羽田君という、応援団の若手のまとめ役の男の子が出てくるんだけど、
彼の生い立ちというか、どうして応援に熱中するようになったか
過去のシーンがあって。

恵まれた生活、本人も素直に頑張っていたのに、
それが崩壊して羽田君もひねくれたようになってしまって。

羽田君も、そんな自分をいいなんて思っていない。
彼を思う大人(=彼のいい時期を知っているベテラン教師)が、
さりげなく彼を見守っていると伝えに来て。
ほろりとくるのですが。
ああ。
誰にも、こんな状態の子どもに、こんな存在がいたら。


ページをめくると、母親がでてきます。
その母親が息子に酷いことを言うんです。
短い場面だけど、勝手な親の都合ばかり押し付けて
彼の気持ちをおもんばからない、言葉を投げつけるのです。

それを聞いて、落ち込むわけではないけど沈む羽田君。


その場面を読んでいて、
家じゃないのに、お店にいるのに、泣けて泣けてしかたなかった。

Posted by Amii(あみ)   3 comments   0 trackback

いじめは乗り越えられる試練か

いじめについて文科省はHP上にとらえ方と対策を載せています。

その中にあるいじめの基本認識1として
「弱いものをいじめることは人間として絶対に許されない」との強い認識を持つこと。
とあります。

そのほか対策も書かれていますが、実際のところきちんと実行されているのでしょうか。



私は、いじめとは
理不尽な暴行、暴言、行為、無視などをそうとらえています。
では
理不尽とは何か。
人と人との間に生じる、摩擦や諍い、一方的な悪行などが最初に起きたとき、
これは起きないほうがいいですが起きてしまうこともあります。
問題がはっきりしていて、当事者間で生じたことは、
できればその中で、もしくは当事者が助けを求めて解決できればよいのです。



しかし
それがきっかけとなって、一方的な攻撃が長い間続いたり、
最初の当事者だけでなくだんだん人数が増えていくことが「理不尽」。

理不尽な状態になったとき、
一人のいじめられた状態の子どもが、その状況を変えられるでしょうか。
大人だって同様です。


学校のなかのことなので、教師が対処しなければなりません。
教師が気がつかなかったり、十分でないときは
親や知っている大人が学校に働きかけることも必要でしょう。

昨日、学校に安心して通わせられないと書きましたが、
私はこれは一教師の資質とかではなく
システムや学校の在り方から変えていく必要があると感じています。

これは、今いまのこと間に合いません。

システムや在り方、
学校に対して不信感がどれだけあったとしても、
個々の先生のなかの教師としてのプライドにかけて、
解決していってもらわねばなりません。


それが難しい時は、
学校へ行かないことも子どもは知っていたほうがよい、
と思います。








Posted by Amii(あみ)   0 comments   0 trackback

「薬」の副作用で思い出すこと

セカンドオピニオンという言葉が登場したのは、
いつだったか、10年前にはあったと思います。

今かかっているお医者さん以外の先生に、
意見を聞く、というのは義理人情、権威ある人に弱い
日本人の気質からすると、けっこうハードルが今なお高いのかな、
と感じますがいかがでしょう。

私の遠い親戚で、
その人がある病気で、余命を告げられていて、
セカンドオピニオンを聞きに行ったということをその娘さんから
伺った事があります。

みたては大きく違わなかったそうですが、
それほどがっかりもしなかったとのこと。

やはり、自分の人生の大事なことだもの
納得したかったんだな、と。



セカンドオピニオンを求める、ということは、
患者が主体で治療にかかわることになりますね。
みたてが違ったら、どちらのお医者さんに従うのか、
など
選択するのは患者の側、もちろんそのリスクや責任も。
自分の人生だから当然という気もしますが。


さて。
薬について、NHKのクローズアップ現代で取り上げられました。
子どもの、とくに精神疾患までいかないようなケースも
あったと思います、うら覚えですみません。

それで思い出したのが、
義父母ですが、薬が効きすぎて体の機能が低下してしまったこと。
こんなに薬って、影響があるものかと驚きました。
義母は中止してから、その副作用からぬけるにはだいぶ時間が
かかりました。


出された薬はどうしても飲まないと、と思いがちですが、
腑に落ちなければ調べて、投薬をやめられないか
訴えることも必要ですね。


機能低下は私たちの目には明らかでしたが、
ふだんの生活を見ていないお医者さんには気がつきにくいのかも。

とにかく、お医者さんは神様じゃないのだし、
いつもいつも見ているわけではありません。
よい治療をしてもらうためには、きちんと伝えることが
大事だと思いました。





Posted by Amii(あみ)   0 comments   0 trackback

入学式って、必要?

日本は4月が入学式。

イギリスだっけ、日本が学校制度をマネしたのは。
とにかくヨーロッパのどこかの国だけど、秋入学ばかりですよねえ。

ナナの留学している国、ニュージーランドは2月ぐらいが入学、新学年のスタート。

つまり、欧米もNZ(たぶんオースらリアも)、長い夏休みが最後にきて、
夏休み明けからはじまるというとですね。

日本は、どうして4月なのかわかりません。
制度はマネても、はじまる時期はマネしなかったのね。

で、日本から行ったり、日本に来る留学生には不便なことになるのですが。

ナナの場合は日本の同学年の子たちより毎年少し早く、進級します。
卒業も少し早く年を越す前の12月にむかえることになります。

卒業式はあるようなのですが、
前にも書いたことがありますけれど、NZの小学校は誕生日がきてから、
幼稚園も同様のようで、したがって入学式はありません。
中学高校は区別なく、ハイスクールとかカレッジがついています、学校名に。
これらはどうなのかな、ナナは途中だったのでわからないのですが、
おそらく入学式はないでしょう。
始業式、終業式もありません。

学年末は自分がとっている科目の試験や提出物などが終えたら、
ナナはさっそく帰国していました。


トトは地元の中学2年生になって、第1週は始業式や離任式など
式が多くて疲れるとぼやいていました。
子どもが聞きたくなるような話はないですからね。
たいくつしてしゃべっていると怒られるでしょうし。

これが、当たり前と思っていましたがナナの話を聞くと、
なくても別にいいんじゃない、と思ってしまいます。

そんなに形が大事なのかな。
いえ、ただの習慣でしょうね。
私も気がつかなかったように、多くの人は気にもしていないと思います。


書いていて思い出すのは、
昨年秋の合唱コンクールのときのこと。

学校ではなく、ホールを借りていたのでなかなかいいなあ、と思ったのですが、
これもトトぶつぶつ言っていました。
背筋を伸ばしてじっとして聞いていないと、怒られるって。
音楽に合わせて体をゆすってもいけないのだそうです。
それには、びっくりしました。
音楽って楽しむものじゃないの?
おしゃべりしていて怒られるならわかるけど、曲にのって体を動かすのがダメって……。

結局、学校は体裁が大事なんだな~と思いました。
そのホール、市の教育委員会関係のものでしたから、特に評価が気になるのかな。
きちんとしていますね、と言われたいに違いありません。


体裁を気にするのも、しかたないのかもしれませんが、
体をゆするなっていうのはいきすぎだと思いますが、どうでしょう。


一方、生徒ひとりひとりのことはどれだけ気持があるのでしょうねえ。
と思ってしまいます。

4月は人事異動もありますが、
どう考えても引き継ぎミスのようなことがありまして。
2年程まえの話ですが。
中学の応接室で私は切れそうになりました。
時間が経過して、今そのミスは大した問題ではなくなりましたけどね。


そうそう、前から書こうと思っていましたが。
この時期先生が入れ替わりますからね、
大切なことはきちんと確認してください、ということです。
面倒でも、担任だけでなく教務や教頭の先生にも。


体裁を整えるエネルギーを子どもに向けてほしいな~
それが学校の一番の役割じゃないのかしら。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。