先日の夕刻、ごはんの用意をしていると、
何となくテレビから流れる言葉に手が止まりました。
顔を出さずに、加工された声です。
「私はお母さんの愚痴ばかり聞いてきて…」
ニュース番組の中の、特集のようでそれも終わりかけでした。
それ、私、私も母の愚痴をたくさんたくさん、物凄くたくさん
聞かされてきたの、と心のなかでつぶやきました。
場面変わって、東海学院大学の長谷川教授が言いました。
「これはきれいな虐待です」
きれいな虐待か。
暴行を加えられたわけではない、実際にも言葉でも。
しかし、私の心にわけのわからない、澱のような
暗いなにかを抱えているような感じがずーっとあって。
劣等感にも結びついているし、気力を奪われるような気すらします。
先日、カウンセラーさんに私は説明していました。
子どもの頃母の愚痴の聞き役ばかりしていて。
前を向いて歩いて行こうにも、まるで背中に糸がつけられていて、
引っ張られているみたいな感じ。
前からは向かい風。
これは、社会や環境といったどうしようもない、いわば運命。
それは気にしていないのです。
背中を引っ張るものは、どうしようもない、とは思えない。
親なんだから、という子どもとしての期待というか。
心を暗くするようなことは言うべきじゃない、という思い。
親なんだから心が温かくなるようなことばをかけてほしかった。
消えることなく、変わることなく有り続けます。
こういう親に生まれたのは仕方がない、運命だと割り切れないから
苦しい、腹立たしいのです。
背中を押すのではなく、後ろへひっぱる力はその執着ゆえなのかなあ。
わかりませんが、葛藤があるのは執着があるからですよね。
また、温かい親としてのイメージも自分でつくらないと。
ないものを嘆いても仕方ない。
つくることは、今の私にはけっこうやりやすい環境にいるのだし、
まずは心からの笑顔で過ごせたら、だいぶ良いと思います。
心からの、が少し足りないけど、きっと大丈夫。
カウンセラーさんに話したり、不登校関係の親さんや義姉、旧友に
話しています、聞いてもらえるだけ。
子どもに何ができるだろう、って考えた時に。
温かいご飯、ふっくらした布団、しゃべりたいときはじっくり話を聴く。
先回りしていらぬ心配をしたりせず、子どもの領分は侵さない。
などなど。
そうすると、衣食住のことはのぞいたら、
子どもから必要とされるまでは、特にすることがないのですよね。
で、することがないからって、子どものことで頭がいっぱい、では
その空気が伝わってしまいます。
いえ、心配な気持ちをムリにごまかすのも、それはそれで
よくありませんが、
それは子どもが心配、というより子どもに気持ちがいきすぎる
自分の問題なんですよね。
そういえば、長女が中学受験をしたときに、保護者会のときに
先生が言われるのです。
「お母さん、お子さんのことばかりに目を向け過ぎず、
ご自身の楽しみをもってください。」
受験から遠いときも、近くなっても、大勢をまえにあれこれ説明をしたのち、
結論のように同じことをおっしゃっていました。
なので、私、よく覚えているわけです。
でも、なかなかできないのですよね。
子どもにお金がかかるし、塾の送り迎えで忙しいし。
ああ、やはり親は子どものことばかりで時間がくれていくようでは
よくないのだな、と。
これは子どもの状態に関係なく、いつでも同じなのでしょう。
じゃ、空いた時間は何をするか、といえば。
自分が本当にやりたいこと、やりたかったこと、
ドキドキすること、ほっとすること、そのことを考えればいいんだ。
努力しないとできないことでも、とりあえずノートに書いてみます。
お金がかかって手が届きそうにないことも。
子どもにだけ、夢や希望を持つことを期待するのではなく。
私自身が、夢や希望を持って元気に歩いていこうと思うのでした。
「スリランカの悪魔祓い」の著者、文化人類学者で心理学者でもある上田先生。
震災以前も、以降もさまざまな形で現代日本の社会、とりわけ心のありようについて
発信されています。
毎年1度こちらのあるイベントに話者のおひとりとして参加されています。
テレビでお話を聞いたことはありますが、直はまだありません。
昨年思い立った時は、すでにそのイベント、終わっていました。
例年通りなら9月の第1か第2日曜に開催されるはず。
万障繰り合わせて行きたい!と思っています。
そのまえに、なるべく著書に触れておこう。
「スリランカ……」に書かれている、
悪魔祓いによって心を病んだ人が、仲間の輪に戻る過程について
その背景や状況やいろいろあるのですが、
そのダイナミズムというか、どうして人は再起できるのか考えさせられます。
不登校の問題から私自身の問題に向きあう過程で、一度最初から読み返しました。
そしてずっと心に湧いた疑問がありました。
悪魔祓いは、すごい。でも、日本に代わるものはあるのだろうか?
何をすればいいのだろ?何ができるのだろう?
スリランカの地方の村と今日の日本の社会においての人間関係は
大きく異なります。
しかし、私は見つけました。
今ここにいてできること。
私のしたいこと、すべきこと、悪魔祓いに代わるもの。
それを考えるだけで、心が踊ります。
久しぶりに、PTA問題です。
私は、今年非会員2年目。トトの通っている公立中のPTAですが。
ナナの学校はPTAはあるのかな、わかりませんが遠すぎるから
お誘いはないでしょう。
NZにも、日本と違って本来のボランティアとしてのPTAが
あるやに聞いていますが。
モモの学校は保護者会とはっきり書いてありますから、PTAではありません。
日本のPTAも、いろいろです。
が、私が書こうとしているのはおそらく多くの入会するかしないかを
実質的に保護者に選択させない組織のことです。
任意団体であること、入退会は自由であること、役員の押し付けをしていないこと、
などがきちんとできてる適正なPTA、少ないとは思いますが、
そのことはもちろん問題にしていません。
前置きが長くなりましたが、
PTAについて書き始めたら長くなりすぎてしまいました。
PTAの問題は、日本全体の社会システムの問題と共通の根っこを持っている。
それは、原発問題のような深刻で大きな今日的問題とも、です。
なぜそう感じたかは、また書きますね。
今日は不登校のことを考えていて気がついたことを書きます。
PTAも不登校も、学校にかかわりがある、当たり前のことですが。
不登校は少数派。そして、PTAに参加できないと声を上げる人も少数派。
PTAの加入時に選択権がないも同然ですから、
PTAに参加できないとは、役員辞退のことです。
不登校も、PTAの役員を固辞する人も、あまり理解されない点が
似ていると思います。
どうしてそういうことになったか、
その立場にならないとわからないことですよね。
ちなみに、PTAは本来参加自由なので、
「やりたくない」でやらなくてもかまわないのです。
子どもが学校へ通うことと、大きく違うのですが、
義務のようなことになっています。
どちらにしても、学校が居心地の悪い場所になっていく、
というのも共通点でしょうか。
ま、とにかく
わたしたちは大人扱いされていない、ってことですね。
選択権を与えるとロクなことにならない、と
私のようにやらない人間がでてくることを恐れているらしいですが。
でも。
選択権があったって、みんながやっていることを
やめようという人は少ないと考えられています。
日本の社会の美徳でもありますが、自由意思を尊重しないことは、
日本の社会に影を落としているようにも感じます。
そのうち、続きを書きます。
転学して3年目、現在高1のモモが、不登校時代(中1)の頃のことです。
今は合唱部に所属するモモですが、とくに音楽好きでもなかったです。
以前のクラスメートが流行の音楽の話で盛り上がっていても、
無関心でしたし、
家族の影響を受けるわけでもなく。
キーボードのデモで入っていた電子音楽の「くるみ割り人形」のなかの曲が好き、
とか少しはありましたけどね。
不登校状態になってから、私はできるだけ
夜は寝て、朝は起きる生活をしてほしいと思いました。
モモが朝起きることに、とくに問題はなさそうでしたから。
子どもが朝起きないのは、それなりに理由があることは知っていました。
だから、ムリに起こすことはしませんでした。
姉のナナが不登校の時は。
主人がすごーく怒っていて、私はかん口令をしいていたから
口には出しません。出しませんが、怒りのオーラが出ているからでしょう、
ナナは朝起きてくることはほとんどなく、
夜中に起きる生活がしばらく続きました。
夜寝つけないとモモが言ってきたことがあって、
言いたいことがあるときはずっと話を聞いていました。
そして寝付きのためになにかいい方法はないかもネットで調べました。
そうして、安眠CDっていうのを見つけました。
音楽はヒーリングミュージックかな、柔らかい電子音楽、
それに聞こえない周波数で暗示のことばが入っているようです。
どんなことばが入っているかは、聞こえないのでわかりませんが。
このサブリミナルCDのシリーズは、モモに合っていて、
ほかにもいろいろ聞いていました。
夜もまあまあ効果があったみたい。
アマゾンの口コミももちろん全員ではないけど、
半数以上の人が効果ありの意見を書いていたように思います。
モモは転学後も携帯にサブリミナルの音楽を取り込んで聞いていました。
夜寝て朝起きることに、すごくこだわっていたわけではありません。
すでに不登校関係の本を読んで昼夜逆転の必然も理解していました。
できるなら、朝起きて家族そろって朝ごはんを食べたいと思ったのです。
朝しか家族がそろいませんから。
それは、私にとって以前からの数少ない決めごとでした。
私以外はみなごはん党。
ですから、ご飯に味噌汁。そして簡単でもおかずを朝用に作り、
佃煮や漬物、のり、そして果物やヨーグルト。
休日は手抜きをしますが、平日はこんな感じです。
今は娘たちがいないので3人ですが、同じです。